『茶聖』出版特別対談 伊東潤×箕輪厚介 今の日本に足りないのは千利休のようなコンセプトメーカーだ

今、ビジネスパーソンの間で千利休が注目されつつあります。

日本に「茶の湯」文化を根付かせた千利休は「茶聖」と称される一方で、天下人・豊臣秀吉を陰で動かした「フィクサー 」であったとも「稀代の商人」であったとも言われています。

今回の対談では、千利休を主人公にした小説『茶聖』を執筆した伊東潤さんと出版業界の枠にとらわれず、様々な方法で自らの価値観・世界観を世に広げている箕輪厚介さんに、千利休について、さらには価値観の広げ方について話を聞きました。

箕輪商法に千利休を見た! 箕輪厚介は現代の千利休か

伊東:今日はお時間をいただき、ありがとうございます。

箕輪:こちらこそ!ありがとうございます!

伊東:僕は箕輪さんこそ現代における千利休じゃないかと、以前から注目していたんです。

箕輪:いやいや。そこと比較されるのは絶対におこがましいです(笑)。

伊東:最近、僕が驚いたのは箕輪さんがプロデュースしているサンダルです。一足13万円で販売していたじゃないですか。

箕輪:ミノサンですね。千利休の場合はもっとしっかりしたビジョンがあったと思うんですけど、あれは本当に便所のサンダルみたいなものなんです。一足あたりの原価が300円くらいでそれを120足、総額13万円分のミノサンをつくりました。

白、黒、青、黄との4パターンの色をつくって、黄色のミノサンだけを13万円という価格で売り出して、他の色は一足100円で売ったんです。「100円でミノサンを買った人は、(原価分を負担してくれた)黄色のミノサンを買った人に感謝するように」とツイッターでつぶやいたところ、本当に黄色のミノサンを買う人が現れました。

他にもメジャーリーガーのダルビッシュ選手のような著名な方に履いてもらって、本当に価値があるもののように見せる工夫もしています。僕は他にもいろいろなグッズを販売しているんですけれども、細かいテクニックは使っていて「ちょっと売れそうにないな」と感じた時や一定期間経過しても売り切れにならない時は、売るのを止めてしまいます。

伊東:なるほど。意図的に品薄状態を作り出すというわけですね。

箕輪:それが一番大事だなと思ってます。売れ残っている状態はダメなんですよ。

伊東:購入者は、どういうところに価値を感じていたんでしょうか?

箕輪:最初は13万円のミノサンを買ったという「ネタ」が欲しくてお金を払っていると思ったんです。でも意外と買った人が世の中にもSNS上にも名乗り出ないんですよね。

伊東:名乗り出ないのは不思議ですよね。例えば大間のマグロも初競りは1億円くらいで売れることがありますが、あれはプロモーションです。プロモーションが目的なら、自分が買ったことを世間に向けて積極的にアピールするのが自然ですが、ミノサンの場合、そうではなかったというわけですね。

箕輪:購入する人のモチベーションがどこにあるのか、僕にもよくわからないんですよね。自慢したいのなら何かしらの発信を行うはずなのに、SNS上に全然見当たらないんです。かと言って、購入者は金が余っている感じの人でもないんですよ。

伊東:従来の常識が崩れてきているのかもしれません。みんなそれぞれの価値を持っていて、購入者は何かを宣伝するためのツールとして13万円のミノサンを買ったわけではなく、購入することによって箕輪さんとつながることに価値を感じたのかもしれません。いずれにしてもサンダルそのものに価値を見出したというより、それをプロデュースした箕輪さんに価値を感じたということではないかと思います。それだけ価値とは何かが問われている時代になったのだと思います。

今、注目される日本初のコンセプトメーカー千利休

箕輪:千利休は僕が付き合いのあるビジネス書界隈の人たちの間で、密かな人気を集めているんです。だから僕も気になっていました。千利休は自分でモノをつくるわけではないけれど、ディレクションをして独自の価値観・世界観を世の中に広めた、日本で最初のクリエイティブ・ディレクターですよね。

伊東:そのとおりです。利休の特徴は、弟子の古田織部のようなアーティストやクリエーターではなく、プロデューサー兼ディレクターに徹したことです。

箕輪:今日はそのことについて話をお聞きしたいのと、あとは織田信長や豊臣秀吉といった権力者と千利休のようなアートに携わる人間がどのように結びついたのかについて知りたいです。千利休には最初から自分の価値観・世界観を世の中に広げる意図があったのか、それとも最後までなかったのか、あるいは権力に興味があったのか、そのあたりを聞きたいです。

伊東:『茶聖』にも書きましたが、最初に茶の湯を政治的に利用したのは信長です。「御茶湯御政道」と呼ばれていますが、功のあった家臣に「茶の湯張行」を許可することで、茶会を開く権利自体に価値を持たせた。さらに「名物狩り」と呼ばれる「室町御物(室町幕府八代将軍足利義政によって収集された唐渡りの名品群)」の収集を行い、功のあった家臣に、土地の代わりに名物を下賜するという方法を確立しました。その背景には、天下統一が進むにつれて問題となってくる土地不足があったのだと思います。だから信長は、土地の代わりに別の価値を創り出さねばならなかった。金銀でもいいのですが、それらも不足します。それなら架空の価値を創り出せばいいという結論に至ったのだと思います。

箕輪:その報酬として茶道具に目をつけたということですよね。今の時代で言うと、お金以外のものに価値をつくり出すのと似ています。信長は最初からそういったことを意図して「茶の湯」を利用したのでしょうか?

伊東:僕は、信長がゼロから発想したわけではないと思っています。当時、ヨーロッパではローマ法王や領主たちが、功績のあった家臣に対して、土地の代わりに絵画などの芸術品を与えていました。戦国時代には宣教師をはじめ、多数の西洋人が日本に入ってきましたので、彼らからそういった話を聞いて思いついたのだと思います。

しかし「室町御物」や名物と呼ばれる芸術品の多くは本能寺の変で焼けてしまい、またそれらにも限りがあるので、次の天下人の秀吉は「どうしようか」となりました。そこで秀吉か利休、どちらかの発想だと思いますが、「今様」と呼ばれる日本の窯でつくられた焼き物に価値を持たせようとなったのです。これならいくらでも生産できます。ところが大量生産できるものには価値がない。そこで秀吉は自らの権力によって利休という権威者を創り出し、利休に「これは美しい。価値があります」と言わせることで、焼いたばかりの今様茶碗に数億円という価値を付けることに成功したのです。これは軸物と呼ばれる掛軸や絵画も同じです。同時代を生きている高僧の書や絵師の絵にも価値を持たせました。つまり権力と権威の二人三脚によって、芸術バブルを作り出したわけです。

箕輪:すごい人が価値を認めたからすごいものになったということですよね。

伊東:そう。まさにブランディングです。

箕輪:以前、村上隆さんに「ブランディングってなんですか?」とストレートに質問をしたことがあります。その時の村上さんの答えが「ブランディングとは価値があるように思わせることだ」というものでした。ブランディングについてあれだけ深く考えている人が、あまりにも当たり前のことを言っていたことが逆に印象に残っています。

「商人」「フィクサー」「アーティスト」 結局、千利休とは何者であったのか

箕輪:千利休は最初から自分の価値観・世界観を世の中に広めることを目的にしていたんですか?

伊東:僕の考えでは、最初の頃の千利休は堺(戦国時代の商業都市)の会合衆(えごうしゅう)の一人として、その自治や商圏を守るつもりで、権力に接近していったのではないかと思います。

箕輪:もともと「商人(あきんど)魂」があったということですね。

伊東:千利休の本質は商人です。あくまで自分と堺がいかにもうけるかを考えていた人なんです。しかし、そのためには政治にも関与せねばならない。例えば当時は群雄割拠の時代ですから、各大名が自分の領国の国境に関所を設けて、人の行き来を制限していました。通ることを許されても関税(せきぜい)を取られました。これでは遠隔地に物を運べても、最終的には高額になってしまいます。それゆえ天下統一は願ったりかなったりで、天下人と歩調を一にできたのです。天下が統一されれば、商品をどこにでも安価に提供できるので、堺が潤いますからね。

箕輪:「侘び寂び」の持つ美しさに対してはどうでしょうか?千利休は純粋な気持ちでそれを美しいと感じていたのですか?

伊東:「侘び」や「寂び」は利休の師匠の武野紹鴎が創り出した美の概念です。しかし次第に形骸化され、決まった様式の茶室や庭を作らなければならなくなったのです。ルネッサンスにおけるマニエリズムと同じですね。それを秀吉が「黄金の茶室」でぶち壊したわけです。つまり秀吉は自分でしかできない「侘び」を創出することで、利休たちの守ってきた形式的な「侘び」に白刃を突き付けたのです。これにより「現世の王は秀吉、心の内(精神世界)の王は利休」という役割分担が崩れ、二人の確執が生まれてくるのです。

箕輪:そもそも秀吉は「茶の湯」が好きだったんですか?

伊東:秀吉にはアーティストとしての才能があったと、僕は見ています。幼少時代は日々の生活に精一杯で、その芸術的才能を伸ばすことができなかったので、若い頃から修業を積まないとできない絵画や奏楽をあきらめ、茶の湯に執心したのだと思います。また利休の死後、最晩年の秀吉は狂ったように能を舞います。秀吉は凝り性だったと思いますが、「ここまでやるか」と思うくらい「演能」に取り付かれるのです。

箕輪:根がアーティストなんですね。

伊東:おそらくそうでしょうね。秀吉は明を倒し、自らが大陸の王になることを目指し、文禄・慶長の役を始めますが、まだ配下の者たちが半島で戦っているにもかかわらず、「演能」に没頭します。自分の事績を謡曲(脚本)にして自ら舞うことまでするのです。つまり秀吉はバーチャルな世界で王になれば、現実世界で世界を征服する必要がないことに気づいたのです。これぞまさにアーティスト気質なんでしょうね。

箕輪:千利休が信長や秀吉とうまくやれてたのは、「侘び寂び」的な価値の持つ力が大きくなりすぎて、もう千利休なしでは立ち行かなくなったからでしょうか?それとも権力者の懐に入るのが絶妙にうまい人だったからでしょうか?

伊東:要は権力者たちと利害が一致できたからこそ、茶の湯と利休は、あれだけ大きな力を持つことができたんでしょうね。利休は「傀儡子(くぐつし)」、つまり人形使いとして秀吉の背後に回り、また秀吉もそれが分かっていながら、利害が一致する限り、踊らされていたわけです。ところが、その利害関係が徐々に崩れてくる。つまり茶の湯が下々まで広がり大ブームが起こったので、秀吉は利休が不要になる。一方、利休は秀吉の死後を見据えて武将弟子たちを手なずけ、戦乱が起こらないように第三勢力を形成しようとする(第一勢力は豊臣政権、第二勢力は徳川家康)。これにより疑心暗鬼に囚われた秀吉は、利休が邪魔になってくるわけです。また同時に豊臣政権による「法の支配」を貫徹しようとする石田三成ら奉行衆が台頭してくることにより、秀吉との非公式直結ルートを持つ利休を排除しようという動きも出てくるわけです。これが利休切腹の背景になります。

箕輪:深い利用し合いがあったということですね。

伊東:非常によくできた仕組みを、秀吉と利休は作り上げたと思います。これぞまさに評価経済の時代の先取りと言ってもいいでしょう。しかしこうした精巧なサイクルも、人の心、すなわち疑心暗鬼によって崩れ去っていくのです。

今は価値大転換の時代 時代は信長、秀吉、家康から千利休へ

箕輪:現代と同じだなと思うのは、お金や権力よりも心を動かすもののほうが影響力が強くなっている点です。それこそ元ZOZO社長の前澤友作さんがバスキアの絵を買うことに似ているような気がします。お金がコモディティ化するからこそアートに走るのかなと。だからこそ、これからは千利休的なセンスや発想を持っている人の価値がどんどん上がっていくと感じているんです。

一昔前の日本人はみんな長者番付を見ていたと思うんですよ。上から順に成功しているイメージじゃないですか。でも今はそもそも長者番付自体がありません。「いくら稼いでいるか」という話もほとんどしなくなりました。それよりも「どれだけ人の心を動かしているのか」といったことに関心があるような気がします。

いわゆるビジネス的なものがオワコン化してきて、起業家も最近はアーティストっぽいことをするようになってきました。今はそういう方向に価値が大転換していて、そんな時代では金持ちよりも価値をつくっている人のほうが重要度が遥かに高い。だからこそ千利休のような力が必要なのですが、今の日本人はそもそもそこが弱い。

伊東:その通りですね。昭和的な価値観では、武力を使って天下を取った信長、秀吉、あるいは家康が偉いとなりますが、それは価値観が単一で、皆でトップを目指した高度成長期だったからです。今を生きる若い人には信じられないかもしれませんが、昭和のサラリーマンは皆が皆、出世すること、すなわち最終的に社長になることを目指していました。もちろん「自分にはその器量がない」と自覚していた人もいたかもしれませんが、建前上は「偉くなりたい」と言っていたわけです。確かに今の社長たちと違ってレールの上に乗っていれば、それでよかった時代ですから、さもありなんという気もしますが、その価値観の単一ぶりには驚かされます。

箕輪:いわゆる起業家的、ビジネス的な強さの象徴である信長よりも、千利休的なクリエイティブの価値が上がっているということですね。千利休が他の茶人たちと比べて突出していた部分は何だったのでしょうか?

伊東:一言でいうと茶の湯全般のプロデュース能力ですね。茶道具だけでなく茶室作りや作庭にまで手を広げていくというしたたかさはもとより、「禁中茶会」や「北野大茶湯」といったイベントを企画するディレクターとしての能力も高かった。それもひとえに静謐(平和)な世の中にしたいという目標があったからです。それゆえ、あえて権力の懐に飛び込み、政治的な存在となっていったのです。

茶聖』のなかでは、千利休とは対象的な人物として丿貫(へちかん)が登場します。彼は実在の人物ですが、自分の「侘び」を極めたいアーティスト志向の強い茶人だったと思います。二人は対照的な生き方をしますが、どちらも同じ茶人というところに、戦国時代を席巻した茶の湯の凄みがあるのです。

箕輪:企画力が違うんですよね。誰かが敷いたレールの上で足し算的に面白いことするのではなくて、まったく新しいコンセプトを打ち出して市場をつくるってことですもんね。今の日本はアーティストは腐るほどいるけど、コンセプトメーカーがいないと思っています。

伊東:その通りです。利休は秀吉を巻き込み、ブルーオーシャンを創り出した。既存のレッドオーシャンでは、やれることも限られているからです。これからの時代、既存の芸術のフレームワークから飛び出したコンセプトメーカー的アーティストの登場が待たれます。

千利休はもっと知られるべき存在 プロモーション次第でいくらでも広げられる

箕輪:伊東さんは文芸の世界で長く活躍されているのに、新しい手法を取り入れることに柔軟な方だという印象を持っています。伊東さんがエージェント契約を結んでいるコルクや僕の手法について「それ面白いじゃん」と言っていただけるのは、昔から新しい発想が好きだからですか?

伊東:そうですね。年を取ってくると、新しいものに対する際、まず「拒否」の姿勢を取りたがります。しかしそこであえてシナジーを考えるのです。すると新しい何かが生み出せるのではないかという気がしてきます。この場合の新しい何かとは、これからの時代の「物語のあり方」と言ってもいいと思います。

昨今、小説が売れない原因の一つには、宇野常寛氏の『遅いインターネット』にもあるように、皆が「自分の物語」を求めているにもかかわらず、いまだ「他人の物語」を押し付けようとしている点にあります。コルクの佐渡島氏とも、どうすればこの垣根を取り払うことができるのかということを、よく議論しています。今は仮説検証を繰り返していくことで、暫定的ではあっても、解を見つけられるのではないかと思っています。

具体的には、読書会やオフ会を頻繁に開くことで、コア読者の皆さんに「これは私が一人で書いた作品ではなく、皆で作り上げたものです。読書会のフィードバックも盛り込んだし、オフ会で取材も一緒にしたよね」といった共通体験を通して、「皆の物語」にしていこうとしています。一言で言えば、第一段階として、読者との距離を縮めていくことをしようと思っています。もはや小説家が蛸壺に入って狙撃する時代ではなく、機動部隊を編成して多様な人たちと共同プロジェクトを展開していく時代なのです。

箕輪:なるほど。今の時代にあったプロモーション方法をどんどん取り入れているのは「作家とはかくあるべき」といったものを守るよりも、自分が意義があると感じているものをできるだけ多くの人に伝えたいからだということですね。

よく小説は映像化されたり漫画化されたりするじゃないですか。そちらのほうに興味はないですか?例えば今回出版された『茶聖』を漫画化するといった展開の方法は。

伊東:もちろん興味はありますね。『茶聖』は大河ドラマを意識した作品ですから(笑)。大河ドラマは時代の写し鏡にならねばならないと、私は思っています。だからこそ貨幣経済から評価経済への変わり目に当たる今、『茶聖』を大河ドラマとして取り上げる意義はあると思います。

箕輪:『茶聖』は漫画化したほうがいいと思ってるんです。千利休を主人公にした漫画を検索しても全然ヒットしないんですよ。だからぜひNewsPics Booksでやらせてください。おそらく買う人間の層が違うと思います。ビジネス書の文脈に沿う形で、ビジネスパーソン向けに売り出すことができればきっと今までとは違った層にリーチできる。『茶聖』をしっかり売って第二弾として漫画化することはやってみたいですね。

若者にとって小説は高き壁 読ませるためには工夫が必要

箕輪:伊東さんは読書会もすごく活発に開催されていますよね。

伊東:2カ月に1回のペースで開いています。第1回が2017年の1月なので、すでに18回も開催しています。何事も継続は力です(笑)。

箕輪:すべてのコンテンツビジネスはサービス化するとコルクの佐渡島庸平さんがよく言っています。ビジネス書で例えるなら『多動力』という本を出して終わりじゃなくて、本を読んだ人を集めてトークイベントをしたり、実際に『多動力』っぽい人を集めてビジネスを考えたりする。そういう展開はビジネス書だとイメージしやすいのですが、小説の読書会ではどのように機能しているのか聞きたいです。

伊東:小説の場合は、ビジネス書や啓蒙書のような実用書の読書会とは違います。実用書の読書会は、読んだ内容を定着させたり、実際のビジネスに活かしたりと、即効性の高い目的があると思います。それに対して小説の読書会は、グループを作って議論することで、「こんな読み方もあるのか」「こういう伏線があったのか」「あれは布石だったのか」といった新たな発見をすることを目的にしています。私の読書会のモットーは「読書をもっと面白く」ですので、あくまで基本は、誰もがマンネリ化しつつある読書という行為に、新たな楽しみを見つけてもらうことですね。

箕輪:小説を読んでない人も参加できる形にしたら、読書会は参加しやすくなると思うんです。スマホ依存症の人達にとって、読了に何時間もかかる小説のようなコンテンツは正直しんどいと思います。年に1冊読むだけでも重いんじゃないかな。

でもみんな絶対に読みたい気持ちはある。そういう人達に読んでもらうためにも、読んでない人が参加できる読書会を開いてみるのは「アリ」だと思います。参加者は絶対買うと思うんですよね。

おそらく小説の前に2つくらい段階をつくるとスムーズに読めると思います。小説がエンタメのど真ん中にいた時はそんなものは必要なかったかもしれませんが、今の若者にとって、小説を読むことは、いきなり富士山に登るようなものなんです。もっと高尾山みたいな簡単に登れる山や単純に登山グッズ買いに行くツアー的な何かがあってもいいと思います。

伊東:えっ、小説はすでに富士山なんですか!

箕輪:僕の世代からすると富士山ですね。今、大きな流れとして、僕が編集するようなライトな本のブームが終わる空気を肌で感じています。みんなもっと難しい本や厚い本を読みたいと思っている。でも現実には、そんな本は買わないし、読まない。小説を読む前の入口を2段階くらいにわけて設定しないとダメなんだと思います。

伊東:小説を読むきっかけづくりが大切ということですね。つまり富士山に登る前段階として、高尾山のようなものを作る必要があるってことですね。

箕輪:まずは90秒くらいの動画がいいと思います。漫画もいいのですが、今は漫画ですら若干ハードルが高くなってきてるような気がする(笑)。ツイッターで動画を見て、漫画を読んで、そこから小説を読むという流れがいいのではないでしょうか。

伊東:なるほど、動画ですか。

箕輪:例えば『茶聖』の読者をビジネス層まで広げるとしたら、中田敦彦さんが主催する『YouTube大学』で中田さんと対談するのがいいと思います。中田さんのYouTubeは100万再生くらい余裕でいくコンテンツなんですが、あの人も千利休がすごく好きなんですよ。以前、千利休を取り上げていてすごくおもしろかった。

あとはNews Picksで「千利休に学ぶ」という特集を組んだら売れる気がする。何しろコンテンツ制作の責任者である佐々木紀彦さんが「一番注目してる歴史上の人物は千利休」と言ってるくらいですから。そういったところとタイアップしていけばいいと思う。

まずは自分が読むべき本だといかに思わせるかが大切なんです。本は「自分の手元にある」ことが大切だと思っています。動画のように「この瞬間」「インスタント」というコンテンツでなくて、時間に余裕がある時や気が向いた時に読むのが本だと思っています。

だからこそ、まずはその人の脳の本棚に入れることがすごい大事なんですね。極端な話、読まなくても、本屋さんでその本を選ぶ作業自体が刺激になっていたりするんです。だからまずは手にとってもらえるような仕組みをつくることが大切なんですよ。


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この記事に携わった人たち
【編集】柳田 一記

リーマンライター。電力会社、外資系金融会社で広報業務を担当。取材記事、プレスリリース文書、インタビュー記事多数執筆。

【撮影】藤澤俊秀

フォトグラファー。イベントを中心にウェブ・雑誌・ポートレート・風景など様々な撮影をしています。 最高の表情・表現にシャッターを合わせることに魂を込めてます。

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